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日本の伝統の美しさをお届けします
羽子板とは?その歴史と意義
  • check_box 羽子板は新年の象徴として、厄除けや無病息災を願う意味があります。
  • check_box 美しい装飾が施された羽子板は、部屋のインテリアとしても華やかさを加えてくれます。
  • check_box 手作りの一品ものが多く、贈り物や記念品としても大変人気です。
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    羽子板とケースの多様な組み合わせ、デザインやサイズから、お好きなものを選ぶ楽しみがあります。

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    羽子板を飾ることで、お子様への注意喚起、忙しく正月を迎える暮れの時期大切に過ごしてもらいたいという願いがあります。

  • check_box 職人の技が光る伝統工芸品であり、贈る側・受け取る側の想いが形に表されています。

羽子板は日本の伝統的な正月飾りとして知られており、その美しさと意味は新しい年の訪れを祝う特別なものです。古くから続くこの風習は、独特の形状(聖なる炎)によって、邪気を祓い清め、家族や友人に幸運をもたらすとされています。羽子板を飾ることで家の中にすがすがしい正月を迎える雰囲気が生まれ、心を豊かにしてくれます。

魅力的なデザインと丁寧な手作り

魅力的なデザインと丁寧な手作り

伝統の技と心を込めて羽子板を製作し、美しさを追求します

  • Point 01

    伝統的なデザインの魅力

    当店では、伝統的な羽子板デザインを基に多彩な表現を受け入れ販売しています。手描きの繊細な模様や色合いは、職人の技によってのみ実現され、使用される素材も日本の文化に根付いたものが選ばれています。

  • Point 02

    高度な制作技術

    羽子板は、一つひとつ職人の手で丁寧に仕上げられています。厳選された木材を使用し、羽子板の形状やデザインに応じて最適な工程が選択されます。この過程で、耐久性だけでなく、見た目の美しさも保たれています。

  • Point 03

    お客様へのこだわり

    私たちはお客様にご満足いただける羽子板をお届けするため、購入後のアフターサービスや製品選択のご要望への対応も充実させており、お客様とともに羽子板のある新年を彩ることができるよう努めています。

通販で手軽に!羽子板購入の流れ

羽子板は新しい年の訪れを祝う特別なアイテムとして、日本の伝統文化に根付いてきました。当工房では、羽子板を通販で簡単に手に入れることができるプロセスを整えており、どなたでも気軽にご利用いただけます。まず、当工房のウェブサイトにアクセスしていただくと、羽子板が一覧で表示されます。各商品には簡単な説明と画像が添えられており、お好みのデザインやサイズを、実際の商品のイメージを掴みながら選んでいただけます。

次に、気になる羽子板が見つかった場合は、カートに追加していただき、簡単な操作でご注文を行うことができます。また詳しくお聞きになりたいことやこまかなご注文がある場合、お気軽に、お問い合わせください。メールでも、電話でも結構です。当工房では、クレジットカード、お振込みなど、さまざまな決済方法に対応しておりますので、簡単にお買い物ができる櫓存じます。

ご注文後は、ご希望の日付指定で、ゆうパックを使い発送します。ガラスケースのものが多いので、破損が一番少ない方法をとっています。職人が一つひとつ丁寧に作り上げた羽子板が、迅速にお客様の元へお届けされます。発送後には、追跡番号をお知らせし、簡単に配送状況を確認できるように配慮しています。大切な新年を迎える際に、品質の高い羽子板を安心してお届けできるよう、私たちは日々努力を重ねています。在庫状況や商品内容の更新も随時行っておりますが、何かご不明点があればお気軽にお問い合わせください。

羽子板は新年の象徴として、家族の健康や幸せを願う気持ちを込めて飾るものですので、どのような羽子板を選ぶかはとても大切です。お客様が心から納得し、喜んでいただける羽子板をお届けできるよう、工房一同誠心誠意を込めてサポートいたします。

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新年のお祝いに最適な贈り物

羽子板は、お子様に邪気を寄せ付けぬ、歳暮という贈り物について

1.羽子板を飾る期間について、

暦 いつから飾るということについてですが、暦がずれていることは、ご存知の通りですが、1872年(明治5)には太陰太陽暦法からまったく別種の太陽暦への改暦が行われました。  昔、農業国家であった、日本の陰暦の暦は、時間、方位、など庶民が、絵をイメージできるほど根付いていました。また、(よらしむべし、しらしむべからず)の世の中で、陰陽や五行思想というものが、宮中の帝王学としてあったようです。 五行思想によると一年を5つの季節に分け考えたようです。それは、春夏秋冬プラス土用という考え方です。この土用の時間を四季の後に18日間付け古い季節を消し新しい季節を生むという考え方です。 この考え方で、暦の月遅れをイメージしていただくと、立春正月から18日前なり、さらにひと月前の月というと説明がややこしいことになります。そこで、単純に元旦から18日引いた正月事始めとされている12/13日ごろ、あまり厳密に言うと暦のずれの話になり説明が難しくなりますので、12月の中旬からでよいのかと思います。 もう一つ加えると昔の暮れは、丑の月、正月は、寅の月になります。(この数え方で行くと五月は、(端午)の午の月です 丑寅は、牛の角に、寅のパンツでおなじみの鬼を表します。 別の言葉で言うと鬼門です。この鬼が出入りする時間を感覚的に何事もなく過ごさせようと鬼除けの道具として飾った物が、羽子板であると当社では、考えています。 そこで、しめ縄など春を迎える準備のために用意したものを焚きあげてしまう行事、とんど焼きを各地で行う小正月1月中旬をおしまいになる目安と説明しております。 


2.一年中飾るのは良いことか われわれ節句品を扱う業界の品物は、その季節の節目を無事に過ごさせてもらうという願いをもって飾っています。 一年中飾るとか、3月のおひなさまや5月の鎧兜飾りの脇役にというような話は、見当はずれな見解と考えております。


3.何歳まで飾るのか いつまで飾るのかという話ですが、実際の生活に置き換えて考えますと、お正月を迎える準備で大人たちが普段よりも忙しい時期(師走)お子さままで行き届かないことが出やすい時期となります。 そこで気をつける時期の目安にし 出し入れする事で、注意喚起になればと考えます。 私は、お子さんがご自身で、病気やけがの管理ができるようになるまでという区切りでよいように思います。 またその後は、役を果たしたものとして、部屋飾りとして、飾っておくのか、処分されるのかは、それぞれのご家庭のお考えでよいかと思います。 


4.羽子板の起源とは その1

左義長のいわれ 羽子板と呼ばれ歌舞伎役者や美人画の押し絵で作るようになる前は、左義長板といって、とんど焼の儀式の絵を描いた板でした。 諸説あるようですが、文献も借りて、自分なりの解釈を数回に分けて書いてみたいと思います。  昔、仏教と道教のどちらがとうといかという議論の結末をつけるために、中国の明帝が、仏教と道教の儒者たちを、白馬寺の南門に集め、道教の教典を右の壇の上に積み重ね、仏教の経巻を左の壇の上に積み重ね、栴檀香に火をつけて、右と左に、火を移したところ、道教の経典は、めらめらと燃えあがった。そこで道教の導師たちは、天に昇り、火に水を含ます術をおこなって、防ごうとしたが、経典はのこらず燃えてしまった。  ところが仏教の経巻は、ふしぎにも五色の光くもがたなびいて、栴檀香の火をはねかえし、さらに教巻をまわりまわって、ふたのようになり、少しもこげなかった。  このありさまに、天子は、ひだりのぎまされりー「左義長」といって、感心され、道教の道士ら千百五十一人が、一度に出家して仏教の僧侶となったということで、御所のお庭の三毬杖では、 「とうとや 左義長 法成就の池にこそ」 とうたいはやすのだということです。 まずは、いわれの原点は、このあたりなのかと考えます。 経典を燃やす三角の炎の意味は、悪いものは、消し去る聖火なのだと思います。   (藤沢衛彦氏図説日本民俗学全集より引用させていただきました。) 


4.羽子板の起源とは その2

三毒退治とは、 宮中の三毬杖焼きについて、異論を唱えるものが出てきました。陰陽博士安倍晴明は、三毬杖焼きは、三毒退治のためにするのであると言い出した。三毒とは、異国から(とうどー唐土)から胡鬼という邪気が持ってきた病気のことを言いそれを退治するためのまじないに、三毬杖が始められたのだというのである。日本で、はじめて朝廷の儀式として、三毬杖焼きが始められたのは、1432年正月の15日青竹を立て、台を三角に組み葉をかぶせ、扇を結び、幣を下げて焼き払。 行事が始められたようです。   (藤沢衛彦氏図説日本民俗学全集より引用させていただきました。)


4.羽子板の起源とは その3‐1

現在の羽子板についてこの行事が、とん度焼きであり、邪気を寄せ付けない儀式と考えられ、この儀式の中で、胡鬼祓いの儀式板として、胡鬼板と呼ばれ、左義長板と名を変え、伝統工芸品、美術工芸品として、質を高めてきたということが、現在の羽子板のルーツといってよいと考えています。左義長板は、左義長の様子(三毬杖焼きの様子)を胡鬼板の末広を強めた板に描き貴族の中で贈答品として使われた歴史があり、庶民は、この板に歌舞伎役者を押絵にして描き、羽子板市などで、有名であります。この羽子板市で売られてきた羽子板は、だんな衆からのプレゼントに使われ来年もいい年であるようにという情意があったと思います。 


4.羽子板の起源とは その3-2

現在の羽子板について 私たちの業界の羽子板は、ちょっと違います。私たちの町では、破魔矢を贈る習慣があった地域ですが、 佐野の組合員の中には、200年前の破魔矢の売買についての帳票があるという話もありますので、江戸時代から続いてきた風習ということは、間違いないと思います。その品物は、掛け軸で、武者の絵、お姫様の絵をあしらったものです。 これを親せきや近隣の方から頂き大変な数が集まったようで、当時の飾り方としては、床の間いっぱいに掛け軸を下げて、その中に赤ちゃんを寝せておいて、暮の時期を過ごしたようです。この下げることで、鬼よけを考えるのは、宮中のくす玉などと同じ意味合いなのかと思います。 全国を見渡すとその時期を気をつけて時期を過ごそうという情意は変わらないが、贈答の品物が違うことは、よくあります。 羽子板が暮から小正月の間の飾りものである意味は、新しい歳が生まれるための大きな変化を無事に通過して、新しい歳を迎えて欲しいという願い、その間、生命力の弱い赤ちゃんに邪気がつかないようにという(病気や怪我のないように)との思いで飾ったものです。 

 5.羽子板飾りについて1

突きばねについて 羽子板のいわれについて、書いてきました。付属の突き羽についても書いて見たいと思います。 無患子(むくろじ)の実として、語呂が良いので、私たちの業界で、(むくろじ)を 飾ることが重要なのでは、と錯覚させるような説明も多いように思います。 患わない子どもという意味で本来の書き方は、不患、ちょっと違う気がします。 そして羽根つき、トンボの目玉のように見え蚊を追い払うことにつながり縁起がよいということですが、もうひとつ羽根つきについてですが、秋の五穀豊穣、その折、鳥に秋の収穫物を取られないように 鳥追いの儀式である考えられます。 これを予祝として子供たちの中で羽根つきを 流行らせたものと考えます。 してみると、突きばねは、本来は、暮れの時期を無事に過ごそうということで出てきたものではなく、正月に、秋の予祝を行うために出てきたものように思えます。 ただ、羽子板の鬼よけの縁起に添えて、語呂合わせではありますが、願いですから、無患子の意味を添えて飾るのもよいことだと考えます。

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当店は、栃木県の佐野市にある人形店です。(駐車場有) 国道50バイパスからきたへ500mほど、 佐野プレミアムアウトレットから2kmほど 東北自動車道佐野藤岡ICより3kmほど 下記のエリアからもアクセスが良く、多数ご来店いただいております。 足利市、伊勢崎市、宇都宮市、太田市、小山市、鹿沼市、加須市、久喜市、古河市、桐生市、結城市、熊谷市、高崎市、館林市、栃木市、羽生市、前橋市、みどり市、壬生町、真岡市、板倉町、邑楽町、大泉町、千代田町、野木町、明和村

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羽子板に関するご質問やご相談、大歓迎です。私たちの工房では、お客様が満足のいく羽子板を選べるように、丁寧にサポートさせていただきます。季節の変わり目や新年を迎えるとき、羽子板には特別な意味があります。それに関連する様々な疑問や要望に、職人が直接お答えしますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。
また、ホムページにはお客様が簡単にアクセスできるお問い合わせフォームをご用意しております。ここから、羽子板の選び方や飾り方についての質問を送信いただくことができます。シンプルな操作で、すぐに専門家と繋がれるのは、私たちの強みでもあります。
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新年の訪れを美しく彩る羽子板に関して、私たちはお客様のお声を大切にしております。そのため、どんな小さなことでも、知りたいことや困っていることがあれば、ぜひ私たちにお知らせください。皆様からのご連絡を心よりお待ちしています。

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